DIARY02
彷徨日記
20 21
失意泰然、
得意淡然、
素意端然。
失意泰然――
 失するに動ぜぬ形で在れ。
得意淡然――
 得するに驕らぬ為で在れ。
素意端然――
 毎するに弛まぬ生で在れ。

嗚呼彷徨譚――、
 うねりなき深淵こそを道と知れ。
 噤んだ先に伝うこと。 2021.05.05 口を噤んで久しくなったように思います。

休み方を忘れた日は、思い出せなくなりました。

ただ繋ぐだけの日々を繰り返す事――、それをなお尋常と知ればこそ。
煩雑な願いが交錯し、眼前は夥しい光量を蓄えて、身に余るほどの重さを湛えた時間の中。

日々は浪費するだけのものになりました。
肥やしにもならぬ数多の苦痛は、ひたすらに怨めしいばかりです。


ただ、時おり聞こえる事で、ふと楽しさを思い出すのです。
また聴きたい――、訊いていたい。


未練。
云えば容易い一言で、こうも廉く朽ちていく。
残滓はいくらも残らぬだろうと、肌で知っている。
然れども其れでこその凡常。
内から穿つ雷鳴も遠退き、何れは全て砂へ没する。
そう、それだけの事なのに。
 20,21 2021.01.23 新年、明けましておめでとう御座います。
昨年も満足に更新出来ませんでしたが、それでも足を運んでくださった方がいました事、本当に有難う御座いました。
この先どうなるやら到底見え切りませんが……、うねりなき深淵こそを――、と弛まず進んで参りたいと思います。
本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。

さて、結局実現できませんでした昨年末の、2020年の振り返り。
これまでの抱負と合わせて見返します。

2009年「絵を描く!」
2010年「続ける事」
2011年「邁進」
2012年「迅速と忍耐」
2013年「不屈自立」
2014年「大変を楽しむ」
2015年「貫徹」
2016年「突破口へ」
2017年「突破る」
2018年「生涵養」
2019年「“雨雲の少年”を仕上げる」
2020年「進境地」

――という事で、2020年は抱負「進境地」を掲げておりました。
簡潔な結論からいくと、思いの外、期待していたような歩みであったのではないかと思います。
億さず、踏み込み過ぎず、自分の思い描く“画”に向けて、
僅かばかりでも確実に、合切をまだ見ぬ場所へと進められたように思います。
そういう意味で、「進境地」、近年の抱負の中では極めて納得のいく結果だったと自負しています。

しかし、ここに来て思わぬ……、とも言い難いのですが、前途に途端の迷霧を覚えてしまいました。
恐らく、進境地を為したからこそ。
元より「見え透いている」という感覚は大概に、
傲慢と過信、油断の産物であり、実のところは「何一つ見透かせる事はない」というのが実情です。
寄る辺を求める弱き心と、変化を恐るる臆した予期と、泡沫の安寧を欲する疑懼と、その全てが挙って騙るのです。

――大丈夫だ、と。

しじまにほとぼりすら失えば、それが自ら仕掛けた浅薄な欺瞞であったと感じてならない。
しかし進境地を適える為には、その欺瞞でさえも必要だったように思うのです。
そして今。
欺瞞さえも携えて勇み進み至った今いるこの場所で。

“次”を茫然と探しています。

僕は何がしたかったのだろう。
此処が、僕の望んでいた場所だろうか。
延々と泣き叫ぶ内心は、何を言わんとしているのだろう。

考える。
考える。
耽る。
沈む。
沈思に至り――。

新年早々、日記を書くのに抱負を決めるのに、二十日以上かかりました。
……、こういう時は大体、自信のなさに起因するのですが。
でも、幾らか考えて、何かスッと晴れるものがありました。

畢竟、至りたいのは憧憬でした、何度巡っても此処に着く。
夢見た世界を、触れた可能性を、愛して止まないのです。
あの時から半生を超えてなお、未だ変わりはしないのです。
やはり行きたい、どうしても行きたい。
形容できない場所で、名状し難い在り方でありたい。

しかし、そう言うからには容易い場所ではない筈です。
だからこそ、進境地を掲げて至ったこの地から、目指す場所までの橋渡しを為したい。
此処から其処まで、道を繋げたい。
そういう願いを込めて、2021年の抱負は――

果架

という、造語にしました。
「果架」で「かか」、少し覚えのある響きの言葉です。
果、結果や因果、境地、報いなどの、善し悪し問わずこれまでの自分の合切を含み
架する、それらを土台にかけ渡す、という意を込めました。
これまでの合切を“次”に繋ぎ渡す、そういう年にできればと考えています。

そうです、今年は橋渡し。
来年の今頃に、今年の橋渡しが力になれるよう努めて参ろうと思います。



「人生、成るようにしか成らない」と、苦しい時によく思います。
我々はこの先に何があるか知らない、けれど結果を見ればいつでも、成るようにしか成らなかった。
まるで選択の余地などないように、静かな一本道だけが淡々と敷かれているのです。

でもそれは、「何もしない」理由にはならないと、端と返されました。
何も知らないからこそ、何か成そうと試み、足掻き、立ち向かう――
その結果が成るようにしか成らない現実であろうとも、道には続きがあると思うからこそ。
逆境も順境も一絡げに進むその背を、倣っていきたいと思います。


年々、露出度も下がりに下がっておりますが……、
与太な自責だけが止め処なくて、やはり此処でしか碌に口もない雑木っ端なので、
せめて更新する時間ぐらいは確保できるよう、努めて参ります。

それでは結尾――、
10年以上経っても未だこの有り様の辺境にご足労をくださる奇特な方々に、
どうか一つでも多くの慶びが訪れますよう、ご多幸とご健康とを記念して、新年の挨拶に代えさせていただきます。
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