DIARY02
徨日
失意泰然、得意淡然、常々端然
 不可逆変遷の道すがら 2018.02.19 思いの外、ご無沙汰になりました。
でも、新年一発目の一山越えたので、ようやく少しずつ更新していけそうです。
取り急ぎ、お仕事関連の更新を二つしました、いずれもお手伝いメインです。

……以前に“いわゆる監督業”のみを要求されて、こちらの現場主義を伝えたら
「どうせゆくゆくは現場を退いて、後ろで指示するだけになるんだから」と嫌味に言われた事があります。
なんだか最近、そんな仕事ぶりばかりになっているように見えますが……
ゴリゴリの現場案件と並行した故の請け負い方なので、相も何も変わらず、現場作業が一番楽しいです。
……僕は何になっても結局――描いた絵を動かせる幸せ――ただそれだけが動機なのです。
また遠くない内に、そんな欲求の塊のようなアニメーションをお見せ出来れば、と思います。
その際は是非に、ご覧くだされば幸いです。

近況は程々に。


年明け、日記のページを整理し直していた序で、少し昔の日記を読み返していました。
すると薄暈けていた心境に出くわしました。

二、三年前のこと。
自身に纏わる一切の、明確な帰趨を暴いてしまった様な感覚に襲われて
「もう何もない」「喜びも悲しみも、及び付く内側で終ってしまう」と嘆きに嘆いていました。
その感覚は恐らく事実で、成長の終わってしまった一介の“大人”に訪れる悲壮感なのでしょう。
――閑話。
容易に想像もつきますが、もう一回、同じ感覚を齢四十頃に味わうのだろうと思います。
その時は、人生の半分が終わり、出来うる可能性を見切ってしまう為に。
――休題。

しかしそういった退廃的な心境は、気付けば消え失せていました。
ふと「なにが切っ掛けだったのだろう」と思い至れば畢竟簡潔で、目標の発生でした。
丁度その頃に、僕は「新しい事をやりたい」と喚き出しているのです。
というか、出来うる可能性のある新しい事に、気づいたのです。

それからというもの。
未だ完成にも至れずいるのにそれでも、僕自身は大いに救われ続けています。
その実態を思い知れば、人生は何と単純か、単純で困難かを痛感します。
そうして得られた救いから、気付けば“憧れ”も少しずつ変貌していきました。
かつて憧れた多くは幻で、いっそ偶像崇拝的な、或いは象徴主義的な側面ばかりでしたが
目標を改めて得てからは、同一線上にいるであろう、似て非なる先駆者たちの、在り方そのものに憧れています。

しかし憧れの変化に反して、目指すものには一切の変化もありません。
ずっと同じ動機で、夢見た理想を追い掛け回すその初心に、何の変化もないのです。
……なんて、誇らしげに書いてみましたが、その情けない実際は何となく理解しています。

心身共に、凄まじい早さで老化を始めて、合切が丁寧に鈍化しているのです。
判り易い肉体の衰えに鳴りを潜めて、精神も休まず衰えていくのです。
そうしてか細く惨めに移ろうその心が、かつて見初めた理想を、盲信して依存しているに過ぎない。
しかし、今更にどうしようもないのです。
少なくとも、残すあと数十年のどの瞬間よりも繊細な心を持っていたあの頃に、とらまえた理想の筈なのですから。

幸い、その理想に至る為の道筋を、老化の唯一の武器であろう経験によって探せています。
後はどうせ腐っていくだけの人生です。
憧れ如く、初心な老骨へと成り代わってでも、巧みな処世術で理想へにじり寄り続けていたい。
今はそんな風に、思い変わりました。

有為転変なこの心。
数年後は、一体なにを思い耽ているであろうか……、楽しみ反面、大いに不安です。
 萌芽 2018.01.03 新年、明けましておめでとう御座います。
昨年もゆたりとした調子でしたが、相も変わらず、沢山の方に支えられての一年でした。
改めて御礼申し上げます、ありがとう御座います。
授かった心遣いを糧に、例え僅かばかりでもお返しできるよう尽力して参りますゆえ
今年も一年、何卒よろしくお願い申し上げます。

……お堅いのも程々に。

さてさて。
新年一発目なので、昨年の総括と新年の抱負と、あれこれ連ねたいと思います。

先ずに、昨年について。
抱負「突破る」を掲げての一年でしたが、結論からいうと「半分ぐらい突破った」感覚です。
新しい事をやると喚き出して、気付けば三年目に突入しましたが、昨年の内にようやくその形が見えてきました。
けれど結局、それが世に適うのか、誰かの救いになるのか、あるいは僕に止めを刺すのかは未だに分かりません。
でも、ちょっと面白いんじゃないかな、と期待もしています。
内容は兎角、この形自体が、ちょっとだけもの珍しいんじゃないかな、誰かが喜んでくれたら良いな、と思っています。
形も見えて、土台も仕上がった今年こそ、流石に世に出せるものと意気込んでいます。
……貯金的にも、そろそろ出せないと辛い……
――閑話休題。
仕上がった暁には、僕なりに大々的に告知しますので
もし興味ありましたら、是非にご覧くださいませ。
数年かかりっぱなしの、狂気染みた代物になりつつありますゆえ、是非に。

それからもう一つ、添え物のように書いた継続目標「文字に触れたい」ですが……
世に出ていない部分で、鬼のような文章量を書いていました。
メールとか諸々で、恐らくハードカバーの小説を超えるほどの文を……阿呆のように。
一方で、読んだ本数や、日記の数は減ってしまったような気がしてなりません。
……今年こそ、日記増やしたい。
何だか思考が止まって腐っていくようで堪らない。
昨年の裏方文章祭りのお陰もあって
これぐらいの日記の文章量であれば大した時間も要しなくなったので、今年こそ……!

昨年はざっくり、こんな調子でした。
次いで、今年の抱負やら。

2009年「絵を描く!」
2010年「続ける事」
2011年「邁進」
2012年「迅速と忍耐」
2013年「不屈自立」
2014年「大変を楽しむ」
2015年「貫徹」
2016年「突破口へ」
2017年「突破る」

ひねもす茫と考えて浮んだ妙ちくりんな造語
「生涵養」(せいかんよう)
を2018年の抱負にしました、「生育+涵養」の造語です。
生み出したものを、ゆたりと時間をかけて、無理なく丁寧に、浸透させるように育てる――
といった意味合いでつけました。

それは、ずっと取り組んでいる「新しい事」は勿論。
今年新たに生み出す一切に、或いは自身の中でこれまで自発的に育ってきた合切に対して
改まってちゃんと向き合い、最適な練磨をしていければと強く渇望しての言葉です。

まだ見え切りませんが今年は、2014年の個人的な激変を上回る大激変の一年になりそうなのです。
昨年のんびりし過ぎたツケでしょうか……。
兎が如く、小動物よろしく結構ビクビクしているのですが
一年後また此処で、朗らかに能天気に文字を連ねていられればと切に願っています。
その為にも、生涵養を掲げて今年も一年、必死に過ごして生きていこうと思います。


長くなりましたが、2018年最初の日記でした。
こんな辺塞にまで足を運んでくれる奇特な方々に、一つでも多くの幸が訪れますよう
今年一年のご健康とご多幸とを祈念して、新年の挨拶に代えさせて頂きます。
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