DIARY02
彷徨日記
20 21
失意泰然、
得意淡然、
素意端然。
失意泰然――
 失するに動ぜぬ形で在れ。
得意淡然――
 得するに驕らぬ為で在れ。
素意端然――
 毎するに弛まぬ生で在れ。

嗚呼彷徨譚――、
 うねりなき深淵こそを道と知れ。
 経年処世の沙汰か与太 2021.08.31 サイトを色々と更新しました。

改めて見返して、要領の悪い仕事の詰め方をしてしまったなと思います……。
道中、幾度も眠れない夜と吐き気と戦う破目になってしまいました。
ただ、たくさんの方が尽力してくれたお陰で、色々な形に収まりました。
御礼かしこみ申す次第です。

――と、対外的な文言を出すと仕事連絡と何ら変わらないので、内を穿ってまいりますと……、
許容超過した作業量と向き合う過程で嫌というほど、自分の高を知りました。


染みついた性質というのは厄介なもので、自ら欠点と理解してなお、改善もほど遠いのです。
余生、付き合っていくのかと問われれば、嫌だと即答できるというのに、改善行動に付きまとう苦痛に臆して進めない。
全く情けない人間になってしまいました。
ただ同時、「仕方ない」という諦観もきっちり染みついて、着々、自分に倦厭しながら生きています。

……もちろん、自己評価している自我の澱のような自己愛性も認知していますが
なんとも、他人様に比べてしょっぱさを感じております。
結果としてそれが自信の無さを生み、そしてその自信の無さをまた自ら疎む。
この連鎖です。
文字にすれば実に容易く阿呆らしい、幼稚な話です。
とはいえ“大人”になってしまったので、こんな為りでも、いじましくも続けています。

そんな、相も変らぬ希死念慮のこびり付いた無様な生りですが、また一つ、少し穿った見方を身に着けました。
“人は形ある時間の方が短い”
当たり前に、そう認識するようになりました。
人は、一個として認知・識別される状態を獲得してから、それを完全に失うまでの間――
大半は、現社会においての表現するところの故人です。
そう思うと、「自我から解放されたい」という願いは思いの外に高い壁であり、生への依存性は体感よりも低い。
すれば、生きていようと死んでいようと、宗教用語を借りて云うなら“解脱”――の更にその先は、余程遠い。
ならば、“この自我で生きている”という多分に再現性のない現状でしか成し得ない事に、
今すこし注視すべきじゃないか、と幾ばかりか思うようになりました。

高校時代の教科書にあった文言、“死んだ人間の、なんと人間臭いことか”――
ずっと分からず、ずっと引っかかり続けた言葉は、今はいくらか腑に落ちるようになりました。
……斯様に少しずつ、死に歩みよっています。


そうして続けていく最中、目先の目標であった橋台は形になりつつあります。
今は、橋台の仕上げをしながら、橋の模型作りの為の準備制作をしています。
軽めに……、と思っていたのですが、極めて原風景に触れるような画作りをしてしまい、
忘れてしまいたい記憶の数々が空しく脳裏を過るばかりで、中々に内心を抉る画になってしまいました。
けれど素晴らしい音に救われて、映像的には至って底抜けな雰囲気なので、今しばし努めてみようと思います。
恐らく9月の中頃にも世に出ると思います、短尺なのでお時間ありましたら是非に。

その後は、模型作りを主体に、少しずつ橋台を整えつつ緩々進めていけたらなと思います。
もう少しだけ。
 縷々点々 2021.07.02 溶けていく、時は尋常に溶けていく。
有無を言わさぬその圧は美しくさえ。

近況をば。
橋台を作ろうとしています。
その土地は雑多に拡げられ、其処彼処に至らなかった志しも転がっており、均すのは容易くありませんでした。
なかなか……、まだもう少しかかりそうです。
整地を終えたら、その時は橋を作りたい。
もう、渡ってしまいたい。
無責任に、無自覚に、向う見ずに、霧の先の光に触れてみたい――。
情けない願いの為に、もう少し努めてみようと思います。
あと少しだけ。


その道すがら。
敬愛するBUMP OF CHICKENの歌に、何度も何度も、何度でも掬われます。
「おはよう 僕は昨日からやってきたよ」
仮令いずれは砂に没する足跡だとしても、この足は砂をかけずに歩きたい。
 噤んだ先に伝うこと。 2021.05.05 口を噤んで久しくなったように思います。

休み方を忘れた日は、思い出せなくなりました。

ただ繋ぐだけの日々を繰り返す事――、それをなお尋常と知ればこそ。
煩雑な願いが交錯し、眼前は夥しい光量を蓄えて、身に余るほどの重さを湛えた時間の中。

日々は浪費するだけのものになりました。
肥やしにもならぬ数多の苦痛は、ひたすらに怨めしいばかりです。


ただ、時おり聞こえる事で、ふと楽しさを思い出すのです。
また聴きたい――、訊いていたい。


未練。
云えば容易い一言で、こうも廉く朽ちていく。
残滓はいくらも残らぬだろうと、肌で知っている。
然れども其れでこその凡常。
内から穿つ雷鳴も遠退き、何れは全て砂へ没する。
そう、それだけの事なのに。
 20,21 2021.01.23 新年、明けましておめでとう御座います。
昨年も満足に更新出来ませんでしたが、それでも足を運んでくださった方がいました事、本当に有難う御座いました。
この先どうなるやら到底見え切りませんが……、うねりなき深淵こそを――、と弛まず進んで参りたいと思います。
本年も、何卒よろしくお願い申し上げます。

さて、結局実現できませんでした昨年末の、2020年の振り返り。
これまでの抱負と合わせて見返します。

2009年「絵を描く!」
2010年「続ける事」
2011年「邁進」
2012年「迅速と忍耐」
2013年「不屈自立」
2014年「大変を楽しむ」
2015年「貫徹」
2016年「突破口へ」
2017年「突破る」
2018年「生涵養」
2019年「“雨雲の少年”を仕上げる」
2020年「進境地」

――という事で、2020年は抱負「進境地」を掲げておりました。
簡潔な結論からいくと、思いの外、期待していたような歩みであったのではないかと思います。
億さず、踏み込み過ぎず、自分の思い描く“画”に向けて、
僅かばかりでも確実に、合切をまだ見ぬ場所へと進められたように思います。
そういう意味で、「進境地」、近年の抱負の中では極めて納得のいく結果だったと自負しています。

しかし、ここに来て思わぬ……、とも言い難いのですが、前途に途端の迷霧を覚えてしまいました。
恐らく、進境地を為したからこそ。
元より「見え透いている」という感覚は大概に、
傲慢と過信、油断の産物であり、実のところは「何一つ見透かせる事はない」というのが実情です。
寄る辺を求める弱き心と、変化を恐るる臆した予期と、泡沫の安寧を欲する疑懼と、その全てが挙って騙るのです。

――大丈夫だ、と。

しじまにほとぼりすら失えば、それが自ら仕掛けた浅薄な欺瞞であったと感じてならない。
しかし進境地を適える為には、その欺瞞でさえも必要だったように思うのです。
そして今。
欺瞞さえも携えて勇み進み至った今いるこの場所で。

“次”を茫然と探しています。

僕は何がしたかったのだろう。
此処が、僕の望んでいた場所だろうか。
延々と泣き叫ぶ内心は、何を言わんとしているのだろう。

考える。
考える。
耽る。
沈む。
沈思に至り――。

新年早々、日記を書くのに抱負を決めるのに、二十日以上かかりました。
……、こういう時は大体、自信のなさに起因するのですが。
でも、幾らか考えて、何かスッと晴れるものがありました。

畢竟、至りたいのは憧憬でした、何度巡っても此処に着く。
夢見た世界を、触れた可能性を、愛して止まないのです。
あの時から半生を超えてなお、未だ変わりはしないのです。
やはり行きたい、どうしても行きたい。
形容できない場所で、名状し難い在り方でありたい。

しかし、そう言うからには容易い場所ではない筈です。
だからこそ、進境地を掲げて至ったこの地から、目指す場所までの橋渡しを為したい。
此処から其処まで、道を繋げたい。
そういう願いを込めて、2021年の抱負は――

果架

という、造語にしました。
「果架」で「かか」、少し覚えのある響きの言葉です。
果、結果や因果、境地、報いなどの、善し悪し問わずこれまでの自分の合切を含み
架する、それらを土台にかけ渡す、という意を込めました。
これまでの合切を“次”に繋ぎ渡す、そういう年にできればと考えています。

そうです、今年は橋渡し。
来年の今頃に、今年の橋渡しが力になれるよう努めて参ろうと思います。



「人生、成るようにしか成らない」と、苦しい時によく思います。
我々はこの先に何があるか知らない、けれど結果を見ればいつでも、成るようにしか成らなかった。
まるで選択の余地などないように、静かな一本道だけが淡々と敷かれているのです。

でもそれは、「何もしない」理由にはならないと、端と返されました。
何も知らないからこそ、何か成そうと試み、足掻き、立ち向かう――
その結果が成るようにしか成らない現実であろうとも、道には続きがあると思うからこそ。
逆境も順境も一絡げに進むその背を、倣っていきたいと思います。


年々、露出度も下がりに下がっておりますが……、
与太な自責だけが止め処なくて、やはり此処でしか碌に口もない雑木っ端なので、
せめて更新する時間ぐらいは確保できるよう、努めて参ります。

それでは結尾――、
10年以上経っても未だこの有り様の辺境にご足労をくださる奇特な方々に、
どうか一つでも多くの慶びが訪れますよう、ご多幸とご健康とを記念して、新年の挨拶に代えさせていただきます。
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